ある日のこと、PART2。
田町のゆるキャラ、
もとい、アーティストしゅんさく氏の、
「すごいとこ紹介するから!取材したら!?」
という甘い言葉に「うん、行く!」と即決で田町新聞が向かったのは・・
秋色庵大坂家(しゅうしきあん おおさかや)
慶應義塾大学正門のはす向かいにある老舗の和菓子屋さん。
一見すると、建物はビルだし可愛らしい店構えなので、そんなに古くからあるように見えないかもしれませんが、、
実は300年以上も続くものすごい老舗なのです!
「すごいでしょ~~」
いや、しゅんさく氏のコネクションもすごいよね!
現代アーティストと老舗和菓子・・全然接点なさそうなのに~。
秋色庵大坂家さんは、元祿年間(1688~1703年)江戸の日本橋小網町にて創業、伊勢大掾(いせだいじょう)という称号を賜り、数々の古書にもその名を記されている格式ある菓子司。
元々は大坂表(おおさかおもて)で商売をしていたという記録もあって、いまの店主が19代目ってんだから、こりゃ~老舗も老舗。
あっしも恐れ入谷の鬼子母神っときたもんだ!
※テキトーに江戸っ子ぶる田町新聞
秋色庵大坂家 18代目 倉本勝敏さん(中央)、女将 倉本ヒロ子さん(右)、若女将(左)
明治時代に藩が廃止になると、お店にとってお得意先の藩が無くなったため、和菓子屋も半分くらいに減ったそう。また、いなかもんには食わせたくないから辞めちゃったという江戸っ子エピソードもあるとか。
う~ん、いけずぅ~。
※テキトーに京おんなぶる田町新聞
「ここが大坂家だったよね、と手紙くれたの」と指差してくれる18代目
幕末の実業家、鹿島万兵衛さんからもらっためっちゃ達筆なお手紙と日本橋小網町商店街の地図。ちなみに17代目もこんな達筆だったよう。
15代目の頃に貰い火で焼け出されたり、関東大震災でお店が焼失したり、空襲で再びお店が焼失したりと色々あったけれど、昭和3年には現在の三田に落ち着いたそう。
さらっと言っちゃったけど、燃えても燃えても300年以上続けるってすごすぎる。
火の中からよみがえるまさに不死鳥伝説!
like a 不死鳥!フゥ~~!
田町新聞
「16代目は移転先を三田か自由が丘かと迷ったそうですね」
秋色庵大坂家 若女将(わかおかみ) 倉本朋実さん
若女将 倉本さん
「はい。16代目は私のひいおじいちゃんになるのですが、当時三田はたくさんのお寺がある寺町で芝生花市場もあり、古本屋さんや洋品店などのお店がずらっと軒を並べて賑わっていたんです。『三田ぶら』なんて言葉もあったんですよ」
田町新聞
「銀ぶらじゃなくて三田ぶら!?てことは我々無意識に毎日三田ぶらしてたんですねぇ。ちなみに若女将は19代目の奥さまってこと?」
若女将 倉本さん
「はい、主人が19代目になります。」
秋色庵大坂家 19代目 倉本一成さん
田町新聞
「えっご当主!?結構若手っていうかお若いですよね・・?」
19代目 倉本さん
「10年前までは3世代一緒に働いていました。いまは18代目と僕と若い衆で作っています。今日はもう作り終わっちゃいましたけど、工場(こうば)見ますか?」
田町新聞
「えっいいの!?見ます見ます!」
靴を履きかえて、老舗和菓子屋の神聖なる工場へ・・
しゅんさくさん
「遅いじゃ~ん!もうお饅頭できちゃったよ~!!」
田町新聞
「・・・・・え?」
そこにはせいろに入ったたくさんのお饅頭と、なぜかしゅんさく氏。
しゅんさくさん
「ほらぁ、はやく手消毒して!お饅頭にスタンプ押しちゃって!」
田町新聞
「スタンプ?・・つーかなにしてるの??」
実はSHIBAURA HOUSEでの「しゅんさくの部屋」が1周年を迎えるため、お祝いとしてオリジナルのお饅頭を作って配ろうということになり、大坂家さんにてベースとなるお饅頭を特別に作っていただいたそう。
このしゅんさくスタンプはオリジナル!
大坂家さんのもなか(秋色最中の大きい方)には焼印が押されているため、オリジナル焼印も検討したけれど予算オーバーで断念したとか・・
しかし、その決断がこの後小さな嵐を呼び込むことに!?
しゅんさくさん
「うわーこれ難しいな~!あーもう疲れた!ちょっと、田町新聞もやってみて!」
田町新聞
「疲れたつって、まだ2個目でしょ!(笑)」
といいつつも面白そうなので田町新聞もいそいそと参加。
手をきれいに消毒し、早速スタンプをポンっと・・・・・
田町新聞
「だめだこりゃ!(汗)」
はみ出るわ、かすれるわ、押しすぎてつぶれるわで、かなり難しい!
果たして今日中に終わるのかな~。
しゅんさくさん
「こうなったらあいつらを呼ぶしかないな・・」
19代目のお子さんたち 奈実ちゃんと季実ちゃん
「私もやりたい~!」
「最初に手を洗うんだよね」
「ねぇねぇ私もやる~!」
「何色にする?」
と、一気に賑やかな空間に!!
そして大人たちと違ってなんのためらいもなくポンポンッと押しちゃうおふたり。
しゅんさくさん
「あ~~~(汗)ちゃんと見ないと!」
・・結構ちゃんと出来てた。
しゅんさくさん
「あれ?うん、いいね!」
女将(おかみ)のチェックも「いいわね~」と合格!
その後、さらに小さな助っ人が登場!
三田春日神社の未来の宮司さん
田町新聞の失敗作が気に入ったようでちょいちょい大ウケして中断しつつも、スタンプはポンポンッと迷いなし!
ぺちゃんこのお饅頭を見てあははははー!と大爆笑
あーだこーだ言いながらもプチ台風のようなこどもたちに助けられ、
無事スタンプ終了!
結果こどもたちの方が仕事が速くて仕上がりもきれいだったような・・
もちろんこどもたちが活躍できたのは、カラーの微調整をしたり、かすれた部分を竹ようじで補正したりと、さりげなく若女将がフォローしてくれたおかげ。
さすが若女将!
と感心しつつ補正されたお饅頭をよく見てみると・・
ちょっと待って~ちょっと待って~若女将~♪
このテヘペロに髪の毛ぴよ~んってなんですのん!
若女将 倉本さん
「うふふ」
うふふっと言われましてもこれイタズラとちゃいますの~ん?
しゅんさくさん
「うん、かわいいかわいい」
ちょっと待って~ちょっと待って~・・
えっ?いいの!?
というわけで、完成したお饅頭は翌日のSHIBAURA HOUSEにて無事配布されました。あっという間になくなり大盛況だったようです。
田町新聞
「いやーお疲れさまでした!・・と帰る前に、せっかくなんで大坂家さんの和菓子について教えてください。いちばん人気ってどれですか?」
若女将 倉本さん
「うちの看板の秋色最中(しゅうしきもなか)です。昔は最中って高級品ではなくて、余りもので作っていたんです。そこで16代目が試行錯誤して、三種類の最中を作り三色最中として売り出したのが始まりです」
※春なのになんで秋色?その答えは公式サイトにて
田町新聞
「16代目を筆頭に、周りの和菓子店でも次々と三色最中が作られたおかげで、立派な逸品へと成長してきたんですね。この小さいのはマカロンみたいで会社の差し入れにも良さそう」
こちらはなんと創業時から変わらないという秋色羊羹(しゅうしきようかん)。大坂家さんは江戸羊羹の旧家として知られていたとか。
変わらないとはいっても、常に美味しくあるために餡の材料(小豆など)は良いものを探し求めていて、密かにマイナーチェンジしているそう。
田町新聞
「我々のような和菓子ビギナーの場合、最初に何を買ったらいいとかあります?」
若女将 倉本さん
「うちでしたら、最初に「君時雨(きみしぐれ)」「織部饅頭(おりべまんじゅう)」「若草(わかくさ)」などを食べていただければお店の味がわかると思います。また、最中(もなか)は1個(小型:82円/大型:164円)から買えますよ」
君時雨の柔らかなほろほろ加減のワザは門外不出!
田町新聞
「うわわ、ほろほろっと崩れて上品な甘さで優しい~美味しい~!」
若女将 倉本さん
「うちのはかなり柔らかいので、お茶会では黒文字(くろもじ)をあてたとたんくずれちゃって大変みたいです。でも敢えてお茶席用に買われる家元さんもいらっしゃいますよ(笑)」
田町新聞
「まじっすか!・・あ~なるほど、生徒さんの作法を試されていると。田町新聞だったら・・絶対ムリ~」
季節限定のさくら餅やさくら大福
田町新聞
「場所柄、外国のお客さんもいらっしゃいます?」
若女将 倉本さん
「最近ちらほら増えています。英語かなとドキドキしていたら、漢字も読めるし日本語も話せる人ばかりで。先日のホワイトデーには『ネリキリ、ドレデスカ?』と聞かれたり」
田町新聞
「ホワイトデーのお返しに外人さんから和菓子って・・ニッポンカルチャー逆輸入的な!?」
若女将 倉本さん
「その方が和菓子を食べたことないというので、最中をひとつあげたんです。そうしたらまた翌日買いに来て『オイシイ』と伝えてくれました(笑)」
田町新聞
「いい話だぁ~~(涙)」
取材中も続々とお客さんが訪れ、季節の生菓子や手土産用に詰め合わせなどを注文されていました。
外人さんもまた食べたくなる老舗の秋色庵大坂家さん。
全商品が揃っているのはこちらだけ(※期間限定でデパートに出店することあり→詳しくは公式Facebook)なので、慶弔菓子としてはもちろん、お茶請けや田町みやげとしておひとついかがですか。
〒108-0073 東京都港区三田3丁目1−9
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秋色庵大坂家
東京都港区三田3-1-9
03-3451-7465
月曜日~金曜日 9:00~18:30
土曜日 9:00~18:00
※日曜日・祭日はお休み
(節句やお彼岸の中日などは営業)
http://www.o-sakaya.com/
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