田町のみなさんにはもうおなじみ、日本舞踊家の有馬和歌子さん。
2021年のインタビューでは「伝統をベースに、“今”をどう表現するかを模索している」と語っていた彼女が、ついに大きな挑戦に踏み出しました。
その名も――「ONE STAGE」。
テーマは「畳一畳のステージから、どこまで表現できるか」。
初公演は11月24日(月・祝)、港区・増上寺 光摂殿 大広間で開催されます。

10年あたためた夢が、ついに現実に
有馬さんがこの構想を思いついたのは高校生の頃。
きっかけは、日本舞踊で使う所作台(しょさだい)と呼ばれる、ヒノキの舞台でした。
「歌舞伎座で幕間の休憩時間、花道へ⼆⼈がかりで所作台が運び込まれる様⼦を⾒ていました。次の演⽬では、花道を舞台として使⽤するという意味です。
この所作台が⼀枚⼀枚置かれていき、舞台という聖域がその場に誕⽣する様⼦から⼤きなインスピレーションを受けました。
“この板⼀枚で⾃分の舞台を作ったらどうなるだろう”と考えたのが始まりでした。」
つまり「ONE STAGE」は、日本舞踊の伝統的な舞台装置から生まれた発想。
有馬さんはそこに“持ち運べる劇場”という新しい視点を加え、「お客さんが劇場に行くのではなく、劇場が人のもとへ出かける」――そんな夢を描くようになりました。
そのアイデアが動き出したのはコロナ禍の頃。
異なる分野で活躍する若手アーティストたちとの出会いがきっかけでした。
「そして2025年、思いきって“この人と一緒にやりたい!”と思う方に声をかけたんです。そしたらみんな“面白そう!”って快く引き受けてくれて。10年あたためていた夢が、数ヶ月で一気に形になりました。」
思っているだけじゃなくて、言ってみる・動いてみるってホント大事ですよね。見習わないと…
一畳の中に広がる、七人の物語
今回の「ONE STAGE」は、⽇本舞踊家・落語家・画家・建築家・メゾソプラノ・ピアノ、計7名のアーティストによる実験的な舞台。
ジャンルも手法も異なる彼らが、わずか一畳という限られた空間の中で、それぞれの表現を重ね合わせるという前例のない試みです。
「そもそも、こんな狭いスペースで何ができるの?」「舞台でそんなジャンルを観たことがない!」――観客が抱くそんな好奇心こそ、このプロジェクトの原動力。
限られた空間だからこそ、動きや音、間(ま)が際立ち、想像の余白を広げてくれます。

幕開きには、有馬さんの父・坂東寛二郎さん(日本舞踊家)が賛助出演。若手とベテランの共演も見どころのひとつです。
80分のプログラムでは、舞踊、音楽、美術が交差し、観るというより“感じる”ことに集中できる時間が流れます。
「クラシックや伝統芸能など、予備知識がなくても大丈夫。意味を考えるより、ただぼーっと眺めて、音や光、空気の揺らぎを五感で受け取ってほしい。
今の私たちは、忙しなく毎日を過ごすあまり、“何も考えずに感じる時間”をどこかに置いてきてしまっている気がします。
ONE STAGEでは、そんな感覚を少しでも取り戻してもらえたら嬉しいです。」(有馬さん)
正直、伝統芸能や舞台というとちょっと構えてしまう自分がいるのですが、「ただぼーっと五感で感じればいい」と言ってもらえると安心して楽しめそう。
建築家がつくる、“浮かぶ舞台”
舞台美術を担当するのは、一級建築士でセノグラファー(舞台空間のデザイナー)の原良輔さん。
日本舞踊の所作台をヒントに、90cm×180cm=畳一畳分の持ち運び可能な舞台を設計しました。
「普通は下から支えるけれど、あえて“吊る”ことで、見えない力の流れや浮遊感を感じてもらえるようにしたかった」と原さん。

透明のアクリルパイプとスチールを組み合わせた構造は、まるで空中に浮かぶよう。
“建築とアートのあいだ”を体現する舞台です。

ちなみに今回、原さん自身も当日ステージに立つとのこと。
普段は舞台裏で空間をつくるセノグラファーが、どんな形で表現に加わるのか――その姿にも注目です。「舞台をつくる人が、舞台に立つ」――それ自体が、このプロジェクトの象徴かもしれません。
増上寺という“実験の場”で
会場となるのは、港区・増上寺の光摂殿 大広間。
百⼋畳の畳敷きの空間に、⼀畳のステージ。美しい襖絵を背景に、前⽅は座布団席で臨場感を、後⽅は椅⼦席でゆったりと鑑賞できます。
「この空間の“力”を借りて、舞台がどう変わるかを試してみたかった」と有馬さん。
照明や音響は専門スタッフの協力のもと準備が進み、映像撮影は若手ビデオグラファーの大久保空さんが担当します。
静謐な寺院の空気と、現代アートのエネルギーが交わる――まさに“実験”の場です。

今回インタビューに応じてくれた原さん(左)と有馬さん(右)
一畳から広がる未来
原さんが手がけたこのステージは、組み立て式で持ち運びが可能。
「一畳あれば、どこでも舞台になる。これを抱えてさまざまな場所に出ていきたい」と有馬さんは語ります。
劇場が人のもとへ赴く――それは、アートをもっと身近にするための第一歩。
今後はさまざまなアーティストとのコラボレーションや、地域・企業との連携も模索していくそうです。

さらに「ONE STAGE」は、アーティストの発表の場であると同時に、観客同士がつながるコミュニティの場でもあります。
港区立産業振興センターから誕生したコミュニティクリエイティブギルドの協力により、AIを活用した交流ツールの導入も計画中。
「観て終わり」ではなく「つながりが生まれる」アート体験を目指しています。
「私が尊敬するアーティストたちを、みんなにも好きになってほしい。“わたし流の推し活”を実現したいんです」と有馬さんは笑顔で話します。
“押し”の強い有馬さんなら、ほんとに何でも実現できそう 笑
そしてもちろん、有馬さんの活動の原点はここ田町。
「ONE STAGE」もまた、田町から生まれた“新しい表現の実験”のひとつです。
たった一畳のステージが、どんな景色を見せてくれるのか。
その瞬間を目撃できるのは、ほんの限られた観客だけ。
この新しい舞台の“ファースト体験”、どうぞお見逃しなく。
ONE STAGE CONCERT
場所:増上寺 光摂殿 大広間
日時:11月24日(月祝)
第1部 14:00〜15:20、第2部 17:00〜18:20
チケット料金:3,000円










