江戸っ子好みのフレッシュな味噌を作る日出味噌醸造元

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フレッシュ、フレッシュ、フレ~ッシュ!
味噌のトビラを開け~て~わたしを江戸に連れて行って~

↑レキシの新曲ではありません

というわけで、今回訪れたのは芝浦の海岸通りにあるお味噌屋さん、日出味噌醸造元(ひのでみそじょうぞうもと)。こちらでは創業時からフレッシュな江戸甘味噌(えどあまみそ)を作っているとか。※現在、工場は山梨県上野原にあります

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田町にお味噌屋さんあったんだ!?
フレッシュなお味噌って!?
ていうか江戸甘味噌って何!?

と、いきなりこどもみたいな疑問だらけの田町新聞。

まずはこども電話相談室にダイヤル、ダイヤル、ダイヤル、ダイヤル・・はっ、ダイヤルがどこにもないっっ!(注:よいこのみんな、昔の電話にはダイヤルがついていたんだYO!)

こうなったら直接乗り込んで質問をぶつけるしかない・・

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たのもーーー!!

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田町新聞
「あ、お仕事中すみません・・田町新聞ですが・・」

「こちらへどうぞ」と笑顔で社員さんがご案内してくれたのは、、

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いきなり社長室!

なんだかそわそわしていると、

河村さん
「よろしくお願いいたします」

と、ダンディな紳士が登場。

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日出味噌醸造元 三代目社長 河村浩之さん

・・えっ社長!?
俳優さんみたいな二枚目ですけど!!

出木杉くんを社長にしたらこんな感じじゃなかろうか・・
何食べたらそんなかっこよくなれるの?やっぱり味噌?

と、のび太気分で妄想をふくらませつつ取材スタート。

田町新聞
「なぜ芝浦にお味噌屋さんを作ったんですか?」

河村さん
「便利だったみたいですよ。
芝浦地区っていうのは江戸時代の末期に埋め立てられた土地なんですが、当時は車が普及していなかったから、近くの港に原料が入って、そこから船で運河伝いに品物を持ってくるというのが非常に便利なところだったと聞いています」

田町新聞
「なるほど。お味噌屋さんは日出味噌さんだけですか?他にもありました?」

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河村さん
「ありました!
私の知るかぎり3件・・当時はもっといっぱいあったようですよ」

そんなにあったの!
いまでは地元のお味噌屋さんなんて逆に珍しいくらいですよね。

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大正8年、日の出橋のたもとに創業した日出味噌醸造元。
当時そのあたりは東京市芝区日ノ出町といって、それが名前の由来になったそう。

その後、ワンブロック南下して現在の住所に落ち着いたと思ったら、昭和のはじめに工場が火事で燃えてしまったり、東京オリンピック開催に伴って首都高1号線が出来たため工場のまんなかを高速道路が通ることになったりと、かなりハラハラドキドキな経歴あり。

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芝浦にあった本社兼工場

現在は芝浦に本社のみを残し、工場は町田を経て山梨県の上野原に移転しました。

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町田にあった日本初の大きなオートメーション工場

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山梨県上野原にある現在の工場

河村さん
「こちらの工場ではいろいろなお味噌やみそピー、コチュジャンなど醗酵食品の製造を行っています」

田町新聞
「江戸甘味噌も作っていますよね?フレッシュなお味噌だとか・・」

河村さん
「はい」

田町新聞
「・・いったいどんなお味噌なんですか?」

河村さん
「実は、いま江戸のお味噌(以下:江戸味噌)を調べていて・・そのうちのひとつであったことは間違いないです。江戸味噌はちょっと変わった味噌だったようですよ」

田町新聞
「ええっ気になる~」

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河村さん
「元々ですね江戸という町・・まぁ、これを話し始めるとみんな話が長くなるからと嫌がるんですが(笑)」

東京人なら江戸にだって興味あるはずですよ!
江戸っ子の粋な感覚とか、江戸は全国から人や物が集まった世界有数の大都市だったとか。

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花の大江戸八百八町!(出典:国立国会図書館)

河村さん
「そもそも『業(ぎょう)』として、『味噌業』の成り立ちは江戸の町が発祥なんだそうです」

田町新聞
「へ~!お味噌屋さんは江戸店から始まったんですねぇ」

河村さん
「当時、味噌というのは家庭で作るのが普通で、逆に味噌を買うというのは『買い味噌』といって恥ずべくことだったようです。
ただご存知の通り、江戸の町っていうのは住居が狭かったんですよね」

田町新聞
「ああ、長屋でしたっけ」

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江戸の町には長屋がずらっと並んでいました(出典:国立国会図書館)

河村さん
「はい、長屋ですし、自宅で味噌を造るスペースがなかったので業として味噌屋さんが出来て、買う習慣というのが出来たそうです。
江戸の初めの頃は、出張族というか移民の町というか・・今でも同じですよね、日本全国から人がいっぱい集まってくる場所なので、徳川さんは出身地である名古屋から八丁味噌のような豆味噌を送らせたり、それぞれ自分のふるさとの味噌を全国から持ってきて販売をしていました。
徐々に江戸の中に味噌を作る味噌屋が出来て、江戸独自の味噌文化が生まれたといわれています」

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河村さん
「まだ調べている段階なのですが・・
江戸の町にはだいたいMAX140件くらいのお味噌屋さんがあったようです」

田町新聞
「わお、お味噌屋さんだらけ!」

河村さん
「当時の味噌について解説された本によると『味噌には上中下と三種類ある』とありました。
『上』というのはお米がたくさん入っていて、麹をたくさん入れて塩が甘く熟成期間が短い。2週間とか・・。夏場1ヶ月も置いておくと、腐ってしまうって書いてあるんです(笑)」

田町新聞
「早っ!」

河村さん
「『下』になるほどだんだんお米の量が減ってきて大豆が増える。
もしくはお米の代わりに麦を使ったり、お米を全然使わずに大豆だけで作る味噌。塩をたくさん入れて、出来るのに3ヶ月~半年、ものによっては1年かけて作って、これは腐らないと。でもこれは下ものであるって書いてあるんです」

ホワイ!? 江戸ピーポー!!ホワイ!?

じっくり熟成して腐らないよりも、すぐ出来ちゃってすぐ腐っちゃうのが最高!・・・・・ナラナイカラ!オカシイダロー!!

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江戸ピーポーは上ものがスキ(出典:国立国会図書館)

河村さん
「江戸の人って基本的に贅沢ですよね。お金を持っていなくても上等なものを選んだり新鮮なものを食べたり・・。
当時は米本位制だったから、お米といえばイコールお金。だからお米をたくさん使うお味噌は贅沢品でした。あとお米をたくさんいれると麹で甘くなります。発酵スピードを上げるために塩を若干減らすので、フレッシュで甘いお味噌になるんです。
さらに大豆は煮るのではなく、江戸独自の蒸し方で蒸し上げるので栄養がしっかり残って風味も濃くなります」

ア~ハ~、ナルホドネ!
イキがよくて味が濃くて贅沢だから~ナットク!!

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その江戸味噌のひとつが、日出味噌さんが作り続けてきた江戸甘味噌。こちらもフレッシュで甘いお味噌。

江戸味噌についてはまだまだ謎が多く、少しずつわかってきている段階だそう。なぜ謎なのかというと、一時期全く作られなくなってしまったから。

そのきっかけは戦争。
お米は戦時物資だったから上等味噌といわれるお米をたくさん使う味噌は製造を禁止されたそう。戦争が終わりやっと統制が解除されても物資が揃わなかったりして、なんだかんだで10数年は江戸味噌を作ることが出来ず・・それに関東大震災で関東のお味噌屋さんが8割くらい焼失してしまったことで、歴史にぽっかり空白が出来てしまいました。

田町新聞
「それじゃ江戸味噌はマボロシになってたかもしれないですね~」

河村さん
「そうですね。残ったのは、江戸甘味噌だけ。まぁ、よくも残っていたなと思います」

田町新聞
「なんで江戸甘味噌だけ生き残ったんですか」

河村さん
「みそピー( ピーナッツ味噌 )があったからかもしれません。うちではずっと江戸甘味噌を原料に使っていたんですよ」

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50年以上前、日出味噌によって初めて全国に紹介された人気商品「みそピー」

田町新聞
「みそピーって江戸甘味噌だったの!?こどもの頃大好物でした!甘じょっぱくて、ピーナツが香ばしくて、炊き立てのごはんに乗せると・・あーー今すぐ食べたい!」

河村さん
「他のお味噌で作られているところもありますが、うちは味噌屋だったということと、普通のお味噌使うと塩辛くなっちゃうんで、東京独特の江戸甘味噌をうちのみそピーでは使おうということでずっと使っているんです」

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生のピーナッツを香ばしく焙煎して・・

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江戸甘味噌で作った練り味噌を加えて・・

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美味しそうなみそピーが完成!

田町新聞
「他に江戸甘味噌を使ったものってありますか?」

河村さん
「確かに昔ながらのどじょう屋さんとか牛すき焼き屋さんとかで多少使ってたとはいいますけど、みそピーはハンパじゃない量を使ってますから、ずっと作り続けることが出来た・・というのは」

田町新聞
「というのは?」

河村さん
「手前味噌、かもしれませんけど(笑)」

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江戸っ子らしい味噌ジョークをたしなむ社長

よっ、味噌ジョークが粋だね!

田町新聞
「ちなみに江戸甘味噌っていうのは商標なんですか」

河村さん
「東京の味噌組合で商標を取っていて、東京のお味噌屋さんだけが使えるようになっています」

田町新聞
「じゃあ、東京のお土産としてもいいですね!」

和食は無形文化遺産に登録されたこともあって、今後伝統的な調味料のひとつである味噌も注目を浴びるはず!それに動物性乳酸菌よりもお味噌に含まれる植物性乳酸菌の方が腸に届くというウワサもあるし・・これはブレイクの予感!

河村さん
「そうはいっても年々味噌の消費量は落ちて行ってますからね」

田町新聞
「がーーーーーん!な、なぜ・・」

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河村さん
「戦後日本の食事は大きく変わって、もう和食はひとつのジャンルでしかないんです。
確かに和食に味噌は合うかもしれませんけど、そうじゃないところで使われなくなってる。例えば和食のときは味噌汁がついても、洋食のときにはつかないですよね」

田町新聞
「そういえば無意識に避けてるかも・・」

河村さん
「これからは伝統食だということにとらわれず、本来味噌が持っていたもっと多様な使い方を提案していく必要があると思っています。
例えば、今回フレッシュな味噌と申し上げましたけど、他の醸造物ってみんなフレッシュなものと熟成したものと必ずふたつあるんです」

田町新聞
「へ~、でも長く熟成した方が美味しそうなイメージが・・」

河村さん
「ワインだってボジョレーヌーボーと熟成したものもありますし、チーズだってモッツァレラがあればエメンタールがある、漬け物も浅漬けがあれば古漬けもあるんです」

田町新聞
「ああ、そっか!」

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河村さん
「味噌にはジャンルとしてそういう意識がなかったんです。ふたつあって当たり前なんですけど、私ども味噌屋をはじめ全員が、長く熟成したら美味しいだろうと信じてきたので(笑)」

田町新聞
「そういわれれば、フレッシュなものと熟成したものは違う美味しさですね」

河村さん
「フレッシュな江戸味噌は、いろいろなものと合わせやすくて万能なんです。
東京の味噌屋として、江戸の食文化とともにその美味しさを伝えていきたいと思っています」

日出味噌さんは一昨年から運河祭りに出店したり、港区の小学校で味噌の授業を行ったりと地元のお味噌屋さんとして活動を広げているそう。

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江戸時代の芝浦(出典:国立国会図書館)

米麹がたっぷりで塩分が少なめ、深いコクがたまらない江戸甘味噌を味わって、ときには江戸時代に思いを馳せてみませんか。

※近日、芝浦アイランドの島マルシェに出店予定!(詳しくは田町新聞Facebookでお知らせします)

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株式会社日出味噌醸造元

公式サイト
http://www.hinodemiso.co.jp
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